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わが家はちびワン王国

我が家の女王、ただ今1歳半。家族は夫、妻、黒い犬、そして黒い犬。

肥満児だった頃を思い出したよ

諸事情により来年の2月までに5キロほど痩せたい。欲を言えばもう少し痩せても構わないと思っている。断っておくが普通に痩せているのに、「あー痩せなきゃな。マジデブだよー」とかいうオイタさんではない。(本当のおデブの前でのデブキャラ演じはナンセンス。盛り上がるわけないだろ。)切実に痩せたい私は5キロ減で標準ど真ん中なのだ。どうぞご心配なく。

 

以前にも書いたが産後体重が戻っていないので、悲しいかな入る服も少ないし、これがびっくり結婚指輪がはまらない。いやはまらないことはない。ないけれどもものすごく食い込むのでやや痛い。ので外したままおいてある。夫よ。すまぬ。

 

 

どうでもいい話だろうが、私は産まれてから20年くらいは肥満児だった。MAX体重は72キロだ。友達にそのことを告げたら「池中玄太80キロじゃーん」と言われた。なんだそりゃ?知らないよ。ってか80じゃないよ。72だよ。ウエストじゃないよ。体重だよ。(その友達は私よりは割りと年上である。)

 

 

 そんな元・肥満児な私が

 

 

肥満児あるあるを言いたいよー♪

肥満児あるあるを早く言いたいよー♪

 

 

 

ジェットコースターに乗るとシートベルトがしまるかどうか不安だ

不安的中。お腹を引っ込めてしめる羽目になったので、妙に姿勢が良くなった。

その時の弟と乗車した写真が残っているが、人に見せると100パー「弟とお父さん?」と聞かれる。

 

 

おやつのことを話すと叱られる

その当時の漫画雑誌の付録にローマ字で「ONAKASUITAYO OYATUTABETAIYO」と書いてあった。それを読めるのだというやや自慢げな気持ちで、母親の前で声高らかに読み上げたら「食べることばっかり言ってるんじゃない」というような一撃を食らわされた。「ココに書いてある」と言っても信じてもらえなかったので、今思えば私の食欲に母も嫌気がさしていたのかもしれない。まるで、今の私のようだ。

 

 

コーデなんてくそくらえだ

私が玄太氏だった頃は今のように洋服のサイズ展開が豊富ではなかったように思われる。そのため私は常にジーンズみたいなものとTシャツを着ていた。そのTシャツだってどこで買ったかわからないようなシロモノだった。切れる服が少なくて同じものばかり着ていたので、ズボンの股ずれがひどく破れてしまった。ワッツハプン!?私は太ももの摩擦のみでズボンを破った女なのだ。そんな女にコーデなんて考える必要ナッシングだ。

 

 

男性が苦手である

男性とはからかうものである。色々なことでからかわれてきたけれども一番衝撃なのは横断歩道を赤信号で待っていたら「おいソコのデブ」と声をかけられたことだ。私は周りを見回した。デブどころか人っ子一人見当たらない。もう私で決定だ。あの出来事から10年以上経っているが、未だに弟はそのことを持ち出しては大爆笑している。それ以来私は外へ出ると男性はみんな自分のことを「デブだ」と言っていると考えていた。

 

 

以上が私が考える肥満児あるあるだ。

 

 

肥満児として20年生きた私だったが、気がついたら痩せていた。大学へ通ったが、バイトに明け暮れご飯も食べず遊んでいたら、気付いたら20キロ近くは痩せていた。そしてそれから、10年経ちややまたもや肥満気味となっている。残念ながらご飯を食べずに痩せる方法をとることはできない。ご飯を食べることは私にとって重要な活動だ。

 

んが、最初にも書いたけれど2月までに5キロは痩せたい。運動だけでは無理なのでここは再び根性見せるしかない。(一度目は根性なんてこれっぽちも出してないけど)根性出して検索してみた。

 

 

ということで今日の夜は豆腐とキャベツの千切りを食べた。どうか心配しないでほしい。昼ごはんはたらふく食べてしまったから。

そして家にあるダイエットグッズをもう一度見てみようじゃないか。頑張れそうなものがあるかも知れない。それはまた書こうと思っている。

 

 

 

 

明日、豆腐とキャベツを買いに行こう